COLUMN-SHIFT。それは空想すること。
COLUMN-SHIFT。それは新しく何かを生み出すこと。
COLUMN-SHIFT。それは本当は車のシフトレバーのこと・・・

架鉄コラムシフト

Vol.46 Vol.47 Vol.48 Vol.49 Vol.50


Vol.50 寝台特急「あけぼの」で行く青森・秋田旅行記 2013年11月20日
次のダイヤ改正で廃止が予定されている寝台特急「あけぼの」などを利用して、青森と秋田を旅してきました。
オハネフ24最後尾 あけぼのは、以前からいつか乗りたいとは思っていましたが、今月始め頃に次の改正で廃止になるというニュースを聞いて急遽乗りに行くことを決め、慌ててチケットを購入しました。普段から意外と乗車率が高いし、廃止を知って乗る人も多いだけに売り切れ覚悟でしたが、無事にチケットは取れました。
当日は興奮のあまり、発車1時間前に上野駅に行ってしまいましたが、既にこの時間から撮影待ちをする人が沢山いたのが印象的でした。これから廃止の日までは、撮影する人でも賑わうことでしょう。
列車は発車約20分前にホームに入線し、定刻通りに上野を出発。あけぼのは、開放型B寝台、B寝台個室、A寝台個室、寝台料金不要の「ゴロンとシート」から構成されていますが、今回は寝台車の最も基本型といえる開放型B寝台を利用してみました。
指定された3号車7番上段に行ってみると、向かいの上段もその下も客がいて、他の区画もほぼ満席という盛況ぶりでした。ちなみに向かいの客は、酒が入った様子の東北弁バリバリのおじさんで、東北を目指すこういう列車には非常に相応しい雰囲気の乗客(笑)でしたが、発車前から携帯で大声で話し始め、検札に来た車掌に注意されるまで話し続けていたのはいただけませんでした。多分、国鉄時代の東北地方に向かう夜行列車では、車内で東北弁が飛び交っているのは 日常的な光景だったことでしょう。(今回のように携帯電話で話しているというのは、もちろんありませんが)
車両は24系客車だから、車両の老朽化も廃止の一因とされています。今回乗った車両(オハネ24-19)も、昭和48(1973)年製と古かったです。古い車両だけに、トイレなどの汚さや、コンセントが設置されていないなど現代のニーズに対応した設備がないことなど気になることも多くありました。 そこそこ利用率の高い列車だから、思い切って新車を導入してもいいのではと思うし、実際に新車導入の噂が流れたこともあるのですが、廃止が決まり残念ながらそれは叶わぬ夢となってしまいましたね。
オハネ24・B寝台上段
ちなみに、架空鉄道・燦柊浪漫鉄道の夜行列車の設定では、特急に関しては 新旧問わず全寝台にモバイルコンセント完備、快速急行に関しても最新車両については装備しているという設定です。
列車は高崎線、上越線経由で北上し、大宮、高崎と停車しました。23時頃に高崎を過ぎたあたりで寝て、前日夜勤であまり寝ていなかったこともあってぐっすりと寝られ、目覚めたのは朝6時頃の羽後本荘発車時でした。その後はあまり寝られないまま秋田到着前の車内放送再開の時間が来てしまいました。
EF81-139 秋田では多くの客の下車がありました。また、駅弁の販売があったので、外に出て駅弁の特製牛めしを買って朝食に食べました。
この辺からは立席特急券で乗ってくる客も意外と多くいて、客は減ることなく盛況でした。秋田〜青森間の途中駅で下車する客は多く、新幹線の通らない 地域の足として使われていることがよく分かりました。
そして、秋田を過ぎると車窓に雪が目立ち始め、弘前到着前には銀世界になっていたのは驚きました。気温は高めでしたが、数日前の雪がまだ残っていたようですね。
終点の青森には定刻通り到着して上野発の夜行列車を降り、ここで最前部のEF81が切り離され、最後部にDE10を連結して回送していくという車両の入れ替えの模様などを見てから改札を出ました。
青森駅で下車してからは、青函連絡船八甲田丸、ねぶた祭りの資料館「ワ・ラッセ」、北朝鮮の平壌にある建設途中で放棄されて一時期廃墟状態になっていた柳京ホテルを思わせる三角形の建物が特徴的な青森県観光物産館「アスパム」などを見学。
八甲田丸は、グリーン船室の座席や寝台船室、船長室をはじめとする乗組員室、実際に郵便荷物車スユニ50などが積まれている船底にある車両格納庫など、 非常に見ごたえがありました。
青森の街を見終えた後は、五能線経由で秋田に向かう「リゾートしらかみ」に乗車。まだ乗ったことのないハイブリッド車HB-E300系の「青池編成」に乗りたかったですが、今回充当されたのはキハ48を改造した「くまげら編成」でした。 キハ40系列とはいえ、空気バネ台車装備の寒冷地仕様車をベースにしているし、デッキもあるため、乗り心地や居住性はそんなに悪くはありません。 コイルバネ台車の暖地向けキハ47を改造した車両を使い、デッキもないどこかの特急に比べたら、快速扱いのこの列車は良心的に思えますね。
まず最初は、新青森、弘前と停車し、奥羽本線から五能線に入った川部を過ぎたあたりにはリンゴ畑が広がっていて、収穫風景を見ることができました。また、車中では津軽弁の語り部実演も行われていました。
列車は、五所川原、鰺ヶ沢、深浦などの駅に停車。また、この路線は海岸線に沿って進むのも特徴ですが、車窓に広がる日本海の大パノラマもよかったです。今回は見られませんでしたが、天気が良ければ水平線に沈む夕日が見られるとのことです。
リゾートしらかみは、五能線を大回りしたこともあって、18:52に青森から実に5時間もかけて秋田に到着しました。
リゾートしらかみ・くまげら編成
到着後は、すぐに駅前にあるホテルにチェックインしました。ホテルは1階に飲んだり食べたりできる店があってちょうどよかったと思ったら、予約で満員だと断られてしまい、仕方ないのでホテルの近くを歩いて店を探しました。るるぶにも出ていたお一人様歓迎の比内地鶏やきりたんぽ鍋を扱っている店に入り、比内地鶏ホルモン焼きとハタハタ焼きと比内地鶏のきりたんぽ鍋を食べました。
飲んだり食べ終えた後は、まっすぐホテルに戻りましたが、途中の道中に運転代行の車が非常に多かったのが印象的でした。東京近辺だとあまり見かけませんが、車社会であろう秋田にはタクシー並みに多くいて、路地裏に列をなしていました。 ホテルに戻ってからは、ほぼ1日列車に揺られた疲れもあって早めに寝ました。
行く前は、旅を利用して実地視察をして旧・秋田市電(秋田駅前〜土崎)をベースにした架鉄でも新しく作ってみようかと鼻息を荒げていたのですが、秋田の町が極度の車社会である現実を目の当たりにしたことや、廃止から40数年が経過して遺構が残っていないばかりか街中に記念碑すら残っていなく、ネットに上げられた資料も少なく、完全に忘れ去られてしまっているようなので何もできず、当面は断念せざるを得なくなりました。
3日目は、秋田市内散策をし、秋田藩主佐竹氏の居城だった久保田城跡の千秋公園と御隅櫓をはじめとする公園内の各施設、旧秋田銀行本店を保存している「赤れんが郷土館」、 竿燈まつりの竿燈を持ち上げる実演が行われていた秋田市民俗芸能伝承館(ねぶり流し館)と併設の江戸時代の古民家旧金子家住宅などを見学。
ねぶり流し館では、実演終了後に実際に竿燈に触れることもでき、持ってみないか?と言われたので実際に持ち上げてみましたが、かなり重かったです。 こんなのを小中学生も持ち上げるというのだから驚きです。こういうのを見ると、毎年8月に行われる本物の竿燈まつりも見てみたくなりますね。
E6系スーパーこまち 最後にお土産などを買った後、17:10発の秋田新幹線「スーパーこまち16号」で帰路につきました。 E6系は、外観のインパクトが強いですが、内装もデッキとの仕切り扉に稲穂が描かれていたりと秋田をアピールするなかなかいいデザインをしていて、 普通車でも窓側席しか使用できないとはいえモバイルコンセントが設置されているのもよかったです。こういうコンセプトを活かした夜行列車用新車を造れば、あけぼのも現代的な寝台列車として存続することができたのではないでしょうか。
そして、夕食は駅弁の「秋田味づくし」を食べました。実に16種類もの地元特産の具材が入った弁当で、なかなか美味しかったです。
スーパーこまちは、盛岡までは在来線と共用の線路のためそれなりの速度ですが、盛岡で東北新幹線「はやぶさ」と連結してからは300km/h運転となり本領を発揮します。 東北新幹線に入ってからは、途中仙台のみ停車して、20:42に大宮到着。復路の所要時間は約3時間半で、往路約12時間かかったことが信じられない速さでした。

Vol.49 夜行列車廃止ラッシュにNO! 2013年11月7日
EF81牽引時代の「あけぼの」上野駅にて
写真は、2008年2月5日に上野駅で撮影したものです。当時は全区間EF81牽引でしたが、現在は上野〜長岡間がEF64-1000番台の牽引となっています。

上野と青森を日本海側経由で結ぶ寝台特急「あけぼの」。東北新幹線や秋田新幹線などのスピードアップや、使用している車両の老朽化など様々な要因から、 以前から廃止の可能性を想定はしていましたが、11月2日朝のネットニュースで廃止になることを知って非常に残念に思っています。 そして、その数日後のこの記事を書いている最中には、2015年度の北海道新幹線開業までに「北斗星」や「カシオペア」、「トワイライトエクスプレス」の 廃止が検討されていることも発表されてしまいました。
架空鉄道「燦柊浪漫鉄道」に旧国鉄風の夜行列車ネットワークを設定しているような夜行列車好きの私にとっては、 非常に我慢ならない出来事であるのは言うまでもありません。

今回のトップを切って廃止になる「あけぼの」は、新幹線の通らない日本海側の都市を中心に根強い需要があり、先日も平日の朝に上り列車を見かけましたが、 決して空気輸送状態なんかではなく、そこそこの乗車率でした。昨年から今年にかけての年末年始には、583系使用の臨時あけぼの81号、82号が 運行されたのも記憶に新しいところですね。それだけ需要があるのに廃止は少々納得が行かない気もしますし、 新幹線がスピードアップしても夜行バスが相変わらず好調なのを見ると夜行で移動するという需要は決して少なくないと思うだけに、 JRは存続の努力を怠っているのではと思いたくもなります。
あけぼのに関しては、一時期は新車導入の噂もあり、新型車両は高速バスなどとの対抗上、B寝台よりもかなり安い料金で利用できる「ゴロンとシート」ないし、 かつての「なは」や「あかつき」に存在したレガートシートのような高速バス風座席車を中心にしたりすればいいのではとか、 現在のニーズを考えると寝台車は個室メインがいいのではとか、現在のニーズに応えて各寝台及び座席にはコンセントの設置を望みたい (ちなみに、北斗星に使われている24系のソロは、室内にコンセントの設置がありませんでした。)など、どんな新車がいいか 私も色々妄想していましたが、これも叶わぬ夢となってしまったわけですね。
かつて東北地方に向けては、関東からも関西からも様々なブルートレインが走っていて、さらに昔だと夜行急行も沢山ありましたが、この廃止で東北地方を起終点とする夜行列車がすべて廃止されることになります。
廃止は非常に残念ではありますが、乗れなくなるのであれば、廃止前に乗りに行かなくてはと思っております。 カレンダー通りに休めない職業柄、廃止直前にまとまった休みが取れる保証がないのと、冬季は悪天候による運休が多く、せっかくチケットが取れても 運休で乗れなくなるリスクを考えると、「いつ乗るの!?今でしょ!」という心境であり、早速ではありますが、近日中の連休を利用して乗りに行くことに しました。ついでに、通過したことしかない青森県と、足を踏み入れたことのない秋田県をこの機会に旅してみます。 特に秋田市内には、旧・秋田市電(秋田駅前〜土崎)という私のような架鉄屋の心をくすぐる廃線もあるので、これについても色々勉強してみようと思います。 この旅の模様につきましては、次回のコラムでもお伝えできるかと思いますので、よろしくお願いします。


Vol.48 沙白浪漫自動車にも導入したい 2013年10月19日
NV200タクシー
今は沙白浪漫自動車のタクシーに関する設定は保留というか消滅状態になっていますが、 これを見て久々にタクシーに関する設定をやってみたくなりました。
先日、銀座の日産ギャラリーに行ったら、ミニバンの「NV200」(日本名はNV200バネット)のニューヨークタクシー「イエローキャブ」仕様が展示されていました。
NV200というと、ワゴン仕様とそれをベースにしたタクシー仕様も一応あるけど日本では商用バンのイメージが強いですが、 アメリカでは安全性や居住性などが認められ、2011年5月3日にアメリカ・ニューヨーク市のタクシーの次世代標準機種に選出されたとのことです。 それまで16車種を使用していたニューヨーク市の13,237台が2013年から2018年までに順次NV200に入れ替わるという独占契約だそうです。
タクシー仕様のため色々と手が加えられているようで、全幅は日本のものよりやや大きく(日本で言うと3ナンバーサイズ)、 後部座席にクーラーの吹き出し口やTVやUSBソケットがついたり、バックドアが日本では一般的な跳ね上げ式ではなく観音開きだったりと日本のものとは だいぶ仕様が異なります。また、日本のタクシーとは異なり、前後の座席間は完全に透明のパネルで仕切られています(アメリカだけにおそらく防弾仕様 でしょう)。未来のタクシーかと思わせるモーターショーのコンセプトカーのような内装ですが、運行開始は今月末と、もう間もなくだそうです。
このNYタクシー仕様を、沙白浪漫自動車など燦柊連邦共和国のタクシーとしても採用して、弥風の街中などを走らせてみたくなったのは、言うまでもありません。

Vol.47 伊勢神宮とリニア・鉄道館の旅 2013年9月20日
先日の休みは、式年遷宮で観光客が多く訪れている伊勢神宮と、オープンから2年経った今も根強い人気を誇るリニア・鉄道館を旅してきました。
今回は、架空鉄道に関する実地視察などは特にしない予定でしたが、伊勢神宮で路面電車の三重交通神都線(1961年廃止)の存在を知って、これを基にした 架空鉄道をやってみたくなったり、リニア・鉄道館で色々な展示車両を見て、自分の架空鉄道の参考にしようとしたりと、架鉄分の補給にもなった旅でした。
近鉄21000系アーバンライナーplus 夜行高速バスで名古屋到着後、朝食を済ませて近鉄名古屋7:50発の特急鳥羽行きに乗車。使用車両はオレンジ色の一般特急車両ではなく、 流線型の車体の21000系「アーバンライナーplus」です。本当は今年デビューした全席特別席の新型車両50000系「しまかぜ」に乗りたかったですが、 しまかぜは1ヶ月前から満席という超人気ぶりでした。
今回乗車したアーバンライナーは、案内表示器が京成スカイライナーAE形などのように液晶画面になっていて、走行中の前面展望が画面に表示されたりして 面白いです。しかし、あまりの乗り心地の良さに寝てしまい、自慢の展望などをあまり堪能できなかったのが少々残念なところです。
伊勢神宮の最寄り駅・伊勢市には1時間強で到着。近鉄沿線には色々な観光地があるので、乗客の行き先も色々かと思いきや、近くの席にいた篠田麻里子みたいな人も含めほとんどの乗客が伊勢市で下車したのが印象的でした。
下車後は荷物をコインロッカーに預け、外宮に向かう参道を進み、参道に入っていきなり無料休憩所があったので入ったところ、名物の豊穣五穀餅アイスを 売っていて勧められたので食べてみました。五穀の自然な甘みとアイスの味が見事にマッチしていて、なかなか美味しかったです。 その後は参道の途中にある古い建物を色々見物。また、参道の途中で、かつて伊勢に路面電車(山田のチンチン電車、三重交通神都線)があったことを伝える記念碑を発見。 伊勢にも路面電車があったとは知りませんでした。そしてこの道路混雑を見て、この電車が現在も残っていたらよかったのではと妄想を膨らませ、 伊勢にも架空鉄道を敷いてみたいという気分になったのは言うまでもありません。
帰ってから神都線について色々調べてみたのですが、廃止から50年以上経過していることもあって、資料は極めて少なく、 架空鉄道として実現させるには相当の時間と、もう一度現地に出向いて調査したりする必要があるなどで時間がかかりそうです。
伊勢の市電の碑
参道を歩き終えて外宮の入口に到着し、いよいよ伊勢神宮の中に足を踏み入れます。最初に表参道火除橋を渡って神域に入り、神楽殿前を通過して正宮を参拝。正宮は最初の門までしか一般公開しておらず、しかも撮影禁止です。また、正宮の前には、川原祓所という石の塊をロープで囲っただけの場所があります。 どうやらこの石はパワーストーンらしく、集まった人々がみんなで手をかざしていました。
正宮を見終えてからは、下御井神社、風宮、土宮、多賀宮、御厩、まがたま池を見て、せんぐう館に入りました。せんぐう館は入館料がかかりますが、伊勢神宮の歴史や概要、式年遷宮とは何かなどを詳細かつ分かりやすく説明していて、金額以上に見応えがありました。
路面電車型バス「神都バス」 外宮やせんぐう館を見終えた後は、外宮⇔内宮の連絡バスで内宮に移動。内宮までは4km程離れていて、何とか歩けそうでしたが、暑かったのでバスに乗りました。バスに乗るには長い行列に並ぶ必要がありましたが、数分おきに連続して出ていたので、あまり待たずに済みました。また今回は時間の都合で乗れませんでしたが、ユニークな路面電車型バス「神都バス」も走っています。
内宮では、まず最初に宇治橋を渡って五十鈴川畔の御手洗場を見て正宮に行きました。外宮と同様にこちらも鳥居をくぐった先は撮影禁止です。
正宮を見終えた後は、外幣殿、御稲御倉、風日祈宮を見て、内宮を見終えた後は、門前町の「おはらい町」と「おかげ横丁」を散策。昼食はどの店も非常に混雑していましたが、まっぷるに載っていた「豚捨」という店の牛丼が美味しそうだったので、この店に入りました。
食後も門前町を散策。巨大な招き猫や招き猫展や写真展をやっているのを見たり、お土産店を覗いたりしました。また、ここはずらりと並んだ古い雰囲気の木造建築群が見事ですが、銀行や郵便局も周りの景観に合わせた造りになっているのが面白いです。
こちらを見終えた後は、藤波の松を見て猿田彦神社に移動。ここは、たから石、さざれ石があるほか、神社の裏に御神田がありました。同じ敷地内に佐瑠女(さるめ)神社もあります。
色々見終えて、駅から10分程離れたところにある宿「ユメビトハウス」にチェックインしました。今回は、一般的なホテル等で安いところは軒並み満室だったので、相部屋形式のゲストハウスに泊まりました。
このゲストハウスですが、シャッター通り化した商店街の一角にある空きビルを改装して宿にしたもので、料金は1泊2300円と格安なのですが、ゲストハウスの中に風呂がなく、近くの銭湯まで行く必要がありました。そんな風に少々不便である一方、元々は野良猫だったけど3週間前から宿に居着いている子猫がいて、猫好きには当たりと言える宿でした。オーナー曰く、「うちの招き猫です」とのことです。
五十鈴川郵便局
銭湯に行った後は近くの食堂で、汁がなくてたれを混ぜて絡めて食べるという油そばのような食べ方をする伊勢うどんを食べ、宿に戻ると宿泊者同士の宴会が 始まりました。
ここでは、バイクであちこち旅して駆け回っているライダーだったり、日本を旅するスペイン人だったりと色々な人の話を聞くことができて、なかなか楽しい夜を過ごすことができました。

近鉄30000系ビスタEX 2日目の朝はやや遅めの起床で、朝食はコンビニで買ったパンで軽く済ませて9時過ぎにチェックアウトしました。
ほぼ同じ時間にチェックアウトした人と話しながら伊勢市駅に向かい、駅でお土産を買って、近鉄特急で伊勢を後にしました。また、宿から駅に向かう途中で猫写真も撮りました。復路の特急も往路と同じアーバンライナーplusでした。快適な車両ですが、できれば2階建て電車の30000系ビスタEXなど他の特急にも乗ってみたかったです。途中では、クラブツーリズムの専用貸切電車15400系「かぎろひ」や、新型特急「しまかぜ」とすれ違いました。
名古屋には11時過ぎに到着し、ここから名古屋臨海高速鉄道あおなみ線に乗り換えて、リニア・鉄道館がある終点の金城ふ頭を目指しました。あおなみ線は、貨物線を旅客化した路線ですが、ゆりかもめを真似たのかは知りませんが車両のデザインがゆりかもめに似ているのが面白いです。
金城ふ頭で下車すると駅のすぐそばにリニア・鉄道館はあります。日曜ということでそれなりの混雑は覚悟していましたが、チケットを買うのも行列に並ぶほどの予想外の混雑でした。
十数分並んで博物館入りし、最初はC62蒸気機関車、300X系新幹線試験車両、MLX01形リニア試験車両が並んだシンボル展示を見ました。次に車両展示室に向かいましたが、昼食の時間になったので、見る前に展示室入口で売っていた「みそかつ&えびふりゃー弁当」を買いました。買った弁当は、屋外にある新快速117系電車の車内など指定された数ヶ所で食べることができましたが、それが少ない上にいずれも混雑していて、食べる場所を探すのに苦労しました。
C62-17「つばめ」
新幹線0系 食べ終えた後は展示車両を順番に見学。最初は、0系、100系、300系の歴代東海道新幹線車両を見ました。0系自体は大宮の鉄道博物館でも見られますが、こちらは先頭車だけでなく食堂車(0系&100系)も保存されていて、今のように新幹線が単なる移動手段ではなく、みんなの憧れの列車でもあった時代を思い出すことができました。また、「ドクターイエロー」の愛称を持つ検測用の黄色い新幹線も展示されていました。
新幹線の食堂車は、燦柊浪漫鉄道の特急の食堂車を設定するにあたって、色々と参考にさせていただいた点が多いだけに、 こういう展示があるのは個人的には非常に嬉しいです。
新幹線の隣には、かつて特急「しなの」で活躍した381系、戦前の急行型電車モハ52などが展示されていて、これらも見ました。
そして、燦柊浪漫鉄道の1形蒸気動車のモデルとなったホジ6014蒸気動車も見学。かつては明治村に保存されていたものですが、明治村には行ったことがないので、 実車を見たのは今回が初めてです。
また、柵越しにしか見ることのできない収蔵展示車両にも、0系のビュッフェ、マイネ40、オロネ10など、ぜひとも車内も見たい気になるものが多かったです。 収蔵展示車両に関しても、今後は車内に立ち入ることができる限定イベントが開催されるかもとのことなので、それに期待したいです。
ホジ6014蒸気動車
見終えた後は、あおなみ線にて名古屋駅に戻り、16時半にバスが出発。帰りのバスは行きとは違い横4列シートになりましたが、最新の飛行機のように各座席にTVがついている車両でした。
途中、掛川SAと海老名SAで休憩があり、新宿にはほぼ定刻通りに到着しました。

Vol.46 架空鉄道ミーティング2013夏 2013年8月20日
架空鉄道ミーティングに参加してきました。今回は東武東上線及び越生線の乗車と沿線の街歩きで、まずは池袋駅東武東上線改札口に集合してスタート。 今回は東上線及び越生線が乗り放題となる「東上線1日フリー乗車券」を利用しました。値段が1720円なのは、東武鉄道の往年の特急車1720系にちなんだものかと思ったのですが、単純に池袋から寄居までの往復運賃と同額なだけでした。
最初は各駅停車で1駅先の北池袋で下車。乗った車両は元々伊勢崎線系統で半蔵門線直通用に使われていた30000系でした。数年前の東上線への電撃移籍は衝撃的でしたが、その後他の編成も相次いで移籍したため、今では東上線でも珍しい存在ではなくなってきています。
東武10000系 北池袋で降りた目的は、巨大ターミナルの隣の静かな駅を見て、その比較をしてみようという趣旨でした。私にとっては戸田恵梨香似の怖いお姉さんの劇団の舞台を見るために降りて以来かなり久々だったのですが、駅周辺は古い木造の低い建物が立ち並び大きく変わった様子はありません。ただ、駅売店が閉鎖になったりとさらに寂しくなっていました。また、当時はその存在にすら気がつかなかった北池袋駅開設記念碑を見つけたので、これも撮りました。
北池袋からは、普通成増行きと準急川越市行きを乗り継いで朝霞に移動。準急の車両は10000系でしたが、全車が更新修繕でリニューアルされたスカイツリーライン系統と異なり、リニューアルされないままです。後から作られた10030系がリニューアルされる中で放置された状態ですが、今後リニューアルされるのか、あるいはそのまま使い古されて廃車となるのか今後の動向が気になる車両です。
まさかインドネシアのKRLジャボタベックに行ったりはしないだろうか?(あちらはチョッパ制御車を好んで導入しているだけに有り得るかも?)

朝霞では駅前にある本田美奈子記念碑を見ました。なぜここに記念碑があるのかというと、朝霞は本田美奈子が短い人生の大半を過ごした場所だからだそうです。記念碑にはボタンを押すと音楽が流れる仕掛けもあり、「新世界」が流れます。私にとっては同じ曲で歌詞が異なる「遠き山に日は落ちて」のイメージが強いのですが、いい曲であることには変わりありませんね。
その後は川越に移動し、駅前からバスを使って市中心部に移動しました。川越駅をはじめ川越市内自体には何度も足を踏み入れていますが、いわゆる小江戸と言われる川越の中心部に足を踏み入れるのは、実は今回が初めてです。
中心部では、市役所前に立つ川越城大手門跡の碑、太田道灌像や文化財に指定されている銅板建築のそば店、昭和中盤の雰囲気の映画館スカラ座などを見て、紫芋&川越芋のミックスソフトを食べて小休止となりました。
川越市内
丸広百貨店モノレール
休憩後は、少し裏に入った菓子屋横丁を見て、その近くにある駄菓子屋で駄菓子を色々購入。最近はめっきり減ってしまった駄菓子屋ですが、ここでは非常に賑わっていました。そして、買うものにとっても昔懐かしい気分でした。また、ここでは実在しない適当な塗装と思われる塗装を施した新幹線風のおもちゃ(中国製)が750円で売っていて、架空鉄道のオフなので誰かしら買ってもいいと思ったのですが、誰も買いませんでした。
個人的には、燦柊浪漫鉄道及び構想中の新架鉄の特急車の参考にしたいと思ったので物凄く買いたかったのですが、買う勇気がありませんでした。
その後はバスで本川越駅に移動。ここからは、川越駅に延びる商店街を歩いて、埼玉県西部では有名なデパートである丸広百貨店に入りました。そしてここでは、屋上遊園地を見学。子供向けの遊具が多数あり、「日本で3番目くらいにちっちゃい観覧車」を自称する小さな観覧車やモノレールがありました。特にこのモノレールは、乗ってみたいけど乗る勇気がありませんでしたが、参加者の1人が果敢にもチャレンジ。このモノレールについて鉄道趣味の視点から色々と考察してくれました。
川越市内を見終えた後は、坂戸に移動。坂戸ではちょうどよさこい祭りが行なわれて非常に賑わっていましたが、それを横目に見ながらレストランに入り、カレーを食べました。味は辛さ控えめの甘口で、大盛を頼んだわけではないのですが結構量が多く満腹になりました。
食べ終えた後はイトーヨーカドーで小休止して、みんなでポッポのメガポテトをつまんだ後、東上線と越生線の分岐部にある貨物線廃線跡を見てから、越生線に乗車。
越生線ではまず越生まで全区間乗車した後、折り返してきて西大家で下車しました。有人駅ですが小さな駅で、ホームは1線しかありません。また、駅前に周辺地図があったのですが、それを見ると、日高市と鶴ヶ島市が市制施行前で、まだ町だった頃のものでした(ちなみに、駅の所在地は坂戸市ですが、鶴ヶ島&日高市はここから近いです)。また、駅のそばにはジャンプして越えられる程度の幅の水路が横切っていましたが、そんな小さな水路にもきちんと鉄橋が架かっているのが印象的でした。
東武8000系ワンマン車
その後は坂戸に戻り、坂戸から快速小川町行きに乗車。小川町からはワンマン寄居行きに乗車して、東上線の終点の寄居に向かいました。長らく平地を走ってきた東上線も、小川町駅の少し手前辺りからは山間部を走るようになり、線路もいつの間にか単線になっていました。
寄居で下車した後は、秩父鉄道の貨物列車を眺めたり、駅周辺を散策。寄居駅は、東武東上線以外に八高線と秩父鉄道も乗り入れる3路線の交わる大きな駅のはずですが、駅前は廃業してしまった店が多く閑散としていました。唯一の大型店であるライフも近日中の閉店が決まってしまったようで、閉店セールを行なっていました。
寄居駅からは駅前を歩いて、閑散とした商店街を抜けて次の玉淀駅まで歩きました。玉淀駅前には寄居観光案内というイラスト入り地図が掲げられていたのですが、これがまた架空鉄道趣味者たちの心をくすぐる面白い地図で、次の電車が来るまで30分近くにわたって、この地図を見ながら盛り上がってしまいました。 玉淀からは、ワンマン小川町行き、急行池袋行きを乗り継いで、森林公園より快速急行に乗車。快速急行に充当された車両は、TJライナーに使われる50090系で、L⇔Cと変換が可能な「マルチシート」もクロスシートになって使われます。首都圏では数少ない特別料金なしで2人掛けクロスシートに座れる電車で、なかなかグレードの高い車両ですが、実はロングシート部分のほうが座り心地がいいらしいです。
そんな電車に揺られること40分ほどで池袋に到着。池袋にて今回のオフは解散となりました。
東武50090系車内


1ページ 2ページ 3ページ 4ページ 5ページ
6ページ 7ページ 8ページ 9ページ 10ページ
11ページ 12ページ 13ページ 14ページ 15ページ
16ページ 17ページ 18ページ 19ページ 20ページ

ホームに戻る

inserted by FC2 system