寝台特急「富士」で行く大分旅行記
2009年1月14〜16日


1月14日

1月14日16時。夜勤明けで一休みした後、東京駅へと向かう。かねてから乗ろうと考えていた寝台特急「富士」にこれから乗車するためである。
入線するところから見ようと思い、17時半ちょっと前に行くと、17:20の入線だったとのことで既に客車だけはホームに停車中だった。


この日の牽引機はEF66−48。発車15分前くらいに機関車の付け替えが行なわれたが、東京駅では機関車の停車位置に立ち入ることができず、 これから乗る列車を先頭から撮れないのが残念である。


今回利用したのはB寝台個室ソロの上段。B寝台料金ながらきちんとプライバシーを保てるのが最大のメリットだが、 幅、高さは小型乗用車並みで非常に狭く、閉所恐怖症だと耐えられなさそうだ。
今回、当初は熊本のほうが見どころが多いと思っていたため「はやぶさ」を第一希望していたが、 使おうと思っていたソロが満席だったので、富士に変更している。この日は両列車ともソロは満席だったが、B寝台のほうは50%に満たない乗車率。 乗り納め客でもっと賑わっていると予想していたが、思ったより乗客が少ないという印象である。

そして、他のホームが夕方の通勤ラッシュで混雑する18時3分、「富士+はやぶさ」は定刻通りに出発した。 その昔はブルートレインが夕方から夜にかけて東京駅を次々と旅立っていたから、こんな光景は別に珍しくもなかったはずだが、 そんな列車も今やこれ1本。まず最初に横浜に停車するが、そういうわけで東京を出てからしばらくは、どの駅でも通勤客の視線を強く感じたのは 言うまでもない。
横浜を出ると熱海、沼津、富士、静岡、浜松、豊橋、名古屋、岐阜と停車。 熱海から沼津まではホームにいる人の数がまばらでしたが、富士から名古屋までは東京ほどではないものの通勤客が多く、 横浜付近同様に通勤客の注目を浴びる。
乗ってからはしばらくは落ち着かず、寝るどころではなかったが、名古屋を過ぎたあたりで眠くなってきたので、 名古屋駅ビルのツインタワーを見ながらカーテンを下ろして明かりを消して寝ることにした。 この後は京都、大阪、広島、岩国の順に停車していき、途中に姫路で運転停車したときに目が覚めた以外は熟睡してしまった。

1月15日
岩国到着時に目が覚めた。まだ真っ暗だがもうすぐ6時で、ここでの下車客も数人いた。 岩国を出ると柳井、下松、徳山と停車していくが、この辺で外が一面銀世界になっていることに気づく。 特に徳山到着時には雪がかなり激しく降っていた。
確か年末年始近くだったかと大雪による抑止で4時間ほど遅れたため、富士が門司打ち切りになってしまったことがあったので、少々心配になり、 177番の天気予報を確認したところ、山口県中部に大雪注意報が出ていたが、予報だと日中は晴れの予報だし、これから進む山口県西部は 全く降っていないようなので一安心。
予報どおり、防府あたりで雪は止み、新山口あたりまで来ると積雪もなくなって、青空も見えてきた。 その後は宇部に停車し、8時33分に下関到着。


ここで初めて、自分が乗ってきた列車を先頭から撮ることが出来たが、このEF66とはここでお別れ。


下関〜門司は関門トンネル専用機に付け替えられるが、あくまでショートリリーフのため、ヘッドマークは省略されている。
関門トンネルを十数分で通過して、ついに九州入り。高速道路の関門橋で海を渡ると九州の土を踏む瞬間がはっきり見て分かるが、 トンネルだとそれがいまいち実感しづらい。しかし、東京を出て実に15時間の長い旅だっただけに、飛行機では味わうことのできない 喜びを味わうことができたことには変わりない。


門司でついに、はやぶさと富士の分割。機関車はまた交代となり、ここでついに伝統の富士山型ヘッドマークが登場した。

小倉発車後に、下関発車時に車内販売で買った「ふく弁当」を食べる。 日豊本線に入ると、行橋、中津、宇佐、別府の順に停車。南下するにつれて徐々に南国ムードが増し、街路樹もヤシ科の木が多くなってきた。 別府付近ではヤシ科の木がそびえる海岸もよく見え、九州に来たことを改めて実感。


そして11時17分、特にトラブルもなく定刻通り大分に到着。駅を見守るように立つ大友宗麟像に迎えられた。
時間的にはちょっと早いが、先に昼食を食べることにし、駅構内に駅員や乗務員の利用も多い定食屋があったので入ることにした。


ここの「とり天定食」は580円と安め。とり天は名物というか定番料理なだけに、レストランやラーメン店など色々なところで見かけたが、 ここより安いところは皆無。だいたい700〜800円台で、1000円以上というところも少なくない。


昼食を終えて駅周辺を散策すると、駅前通り沿いに赤レンガの建物を発見。1913(大正2)年完成の大分銀行赤レンガ館で、 国の登録有形文化財に登録されていながらも銀行の支店として現役の建物とのこと。


次いで、赤レンガ館の裏を抜けて大分城址公園(府内城)へ。 立派な城壁や堀に囲まれているので、期待して中に入ってみたが、天守閣のあった場所は巨大駐車場。庭園とかならまだしも、 駐車場というのは少々いただけない。ちなみに天守閣は、江戸時代半ばの1743年に大火で焼失してしまい、以後再建されることはなかったとのこと。 この城壁も戦争で大部分が焼け落ちてしまい、戦後に復興するにはかなりの苦労があったそうだ。


大分駅周辺を散策した後は、バスで豊後国一宮である柞原八幡宮に行く。地図で見ると大分の次の西大分駅からそれほど遠くないように見えたが、 予想外にも山奥で、しかもバスは1日4本しかないというかなりの奥地だった。
乗ってきたバスは15分後に折り返してしまうが、次にバスが来るのはなんと4時間以上後の19時ちょうど。 最初はバスがなくても歩いて戻るつもりだったが、慣れない土地での予想外の山奥だけに、下手に歩くよりはバスに乗ったほうがいい。
そのため、歩けば10分はかかる長い長い階段を駆け上がって参拝し、速やかに終えたら今度は駆け下りて折り返しのバスに乗り、柞原八幡宮を後にした。
バスで大分駅に戻った後は、駅近くのホテルにチェックインし、一休みした後に夜の町を散策。 まず最初に駅前の「あたみ温泉」へ。値段も見た目も銭湯ながら、れっきとした天然温泉。戦後間もない頃に造られたというレトロな雰囲気もいい。
その後は駅前の繁華街を散策。飲み屋横丁があちこちにあったり、キャバクラとかが多数立ち並ぶ風俗街があったりと、大分は夜も熱い街らしい。 いい店があればそこで1杯と思ったが、安心して入れそうな店がなかなか見つからず2時間。結局、駅前のラーメン屋にて鳥天ラーメン+餃子を食べて、 宿に戻った。

1月16日

2日目は別府へ移動。やってきた電車は都市部とあまり変わらないロングシートの電車だったが、わずか十数分の移動なので特に苦にはならない。 車内は立ち客が非常に多く東京あたりと変わらない風景だが、車窓の景色は南国らしい木が生い茂る海岸で、やっぱり九州にいるということが実感できる。


駅周辺の路地は町全体がレトロな雰囲気で、砂湯もある竹瓦温泉は大きな古い木造の建物が特徴的。大正時代に建造されたアーケードもある。


海岸にある別府タワーへ。東京タワーより1年先に完成したことが自慢のタワーで、ここから市街地と海岸、そして市街地の後ろに広がる山々が一望できる。 数日前に雪が降ったそうで、遠くには冠雪した山も見えたのは意外だった。


別府の街中を散策していると至るところに公衆浴場がある。 町内会管理で集会所に併設されているものが多く、その一つである「南的ヶ浜温泉」に入ることにした。番台で入浴料を払って中に入る。 非常に簡素な浴室だが、かけ流しで常に熱い湯が注がれていて気持ちがいい。静かな住宅街の中で人が少なそうなところを狙って入ったつもりだったが、 地元の人たちが次々と足を運び、常に2〜3人は客がいるという賑わいようだった。
また、飲み屋横丁などの裏道を中心に猫の数も多く、この時点で既に10匹くらい遭遇した。 なぜこんなに猫が多いのだろうと思ったら、道端にある温泉のマンホールや噴気孔が暖をとるのに最適だからなのではとのことで、 ここは猫にとって楽園のような土地に違いない。

温泉に入り終えると時は既に14時近い。昼食にしようと思い店を探したが、場所柄なのか安い店が少ない。駅前に戻るとあまり安くはなかったが、 大分名物のだんご汁が食べられる店があったので、そこに入りだんご汁定食を注文した。
帰りの飛行機は18時半搭乗開始だったが、空港まで遠いのと空港内の見物もしたいので、余裕を持ってバスに乗り、別府を後にした。


その他雑記

別府の公衆浴場


別府の街中には、町内会が管理する公衆浴場が至るところにあります。多くは町会館と併設されていて、入浴料は100円と安いです。 写真は別府駅に程近い場所にある「海門寺温泉」。入口のドアを開けると番台があってここで入浴料を払って中に入るという銭湯と同じ方式ですが、 番台が無人の温泉も多いため無銭入浴をする不届き者も少なからずいて、関係者は頭を悩ませているそうです。 こうした温泉は地元の人々の管理で成り立っていて、100円の入浴料だけで賄っていくのは決して簡単なことではないはずです。 手軽に入浴できるのは地元の人々のおかげであり、感謝の気持ちを忘れてはいけませんね。


市街地の南のほうにある「紙屋温泉」は外に飲泉場と足湯が併設されていて、こんな感じで近所の老人がペットボトルでお湯を汲みに来ていました。 このように公衆浴場は地域社会の交流の場としても機能しているようで、 都会の人たちが忘れてしまった近所付き合いについても色々と考えさせられました。


ホバークラフト


現在国内唯一のホバークラフト定期航路が、大分市街地と大分空港を結んでいます。
その昔、今はなき宇高連絡船に導入された当時は、海の新幹線と呼ばれ未来の交通機関として期待されていたそうですが、 プロペラで動くため出航時の衝撃と騒音はヘリコプターの離着陸みたいで非常にうるさく、運航コストも高いなどで結局あまり普及せず、 ここに細々と残るのみです。
所要時間はバスが大分駅〜大分空港間60分なのに対し、ホバークラフトだと港〜大分空港を30分という速さですが、 運賃はバスの2倍、しかも大分駅など市街地から港までは連絡バスを使う必要があるため、結局所要時間はバスとあまり変わらず、 お世辞にも使える交通機関とはいえません。リニアモーターカーの体験乗車のような感覚で利用するための交通機関といえます。
帰りがけの乗船を考えていたのですが、大分までもう一度戻らなければならず、時間がないので乗船は断念しました。


大分のご当地グルメ

 

大分のご当地グルメといえば、「とり天」(左)と「だんご汁」(右)でしょう。
とり天はその名の通り鶏肉の天ぷらですが、酢醤油で辛子をつけて食べるという独特の食べ方が特徴です。 定番料理のようで、ラーメン店、レストランなどあらゆる飲食店にありました。
だんご汁というと、肉団子でも入っているのかというイメージですが、このだんごとはうどんのようなもので、 鍋焼きうどんに近いものでした。寒さがしみるこの時期にはぴったりの食事といえます。


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